◇桐光学園は、毎年知の最前線で学問している18人の学者を招き特別授業を実施している。そしてその講義を一冊の本として編集出版までする。
◇今年で2冊目が編集された。その名も「学問のツバサ」。
◇同書の編集コンセプトは何だろう。それは表紙帯の茂木健一郎さんの言葉が的確にキャッチしている。
◇「大学に入るためだけの勉強なんて つまらないぜ」というわけだ。
◇特別授業で講義した東大教授の小林康夫さんは、中高時代に知の最前線に到達する。やりたいことの発想や着想は、この時期に生まれるのだということだろう。あとはそれを実現していく長い人生があるのだと。ピカソも14歳の時に絵画の頂点に立ってしまったと。そこから何度も自分の壁を壊す人生だったと。
◇もし中高時代に大学に入るための勉強のみしていたら、どうだろう。人生をかけてやりたいことの発想や着想を得ないまま、世に出ることになるだろう。すべてのひとは創造的な才能を潜在的にもっているのに、その才能は埋もれたまま大人になる。
◇そんな大人にさせられてはたまったものではない。そう思わないひとはいないのではないだろうか。しかし、実際はたまったものではない状況であふれている。
◇桐光学園のすてきなところは、大学の先生を呼んできて、それで終わりではない。実際に中高生の間に、知の最前線に到達する発想や着想をトレーニングするチャンスをセットしている。その結晶が「テオリア」という生徒の研究・作品集。

◇「テオリア」と「学問のツバサ」は桐光学園の教育においては両輪なのである。伊奈校長は「創造的であると同時に、ある意味で破壊的でもある学問の魅力」と語る。なるほど、この魅力は聴いているだけではつまらない。自ら挑んでみないと。しかし、独りよがりでは意味がない。知の最前線のロールモデルは必須なのだ。
◇それにしても「学問のツバサ」の口絵の中に、村上隆のあの「マイ・ロンサム・カウボーイ」とダ・ヴィンチのあの「洗礼者ヨハネ」の作品が掲載されているが、なるほど共通した質感がある。18人の知の最前線を横断する気分を楽しめる編集がすごい。

