◇11月15日まで、群馬県立現代美術館で、「群馬の美術 1941-2009 群馬美術協会の結成から現代まで」が開催されている。

◇群馬と言えば、歴代総理大臣が4人輩出されているし、萩原朔太郎をはじめとする詩人や芸術家の出身地。一方富岡製糸工場や疎開地など、近代社会の矛盾を負わされた地でもある。現在は、地方の財政力も日本全体として低迷している中、がんばっている県でもある。
◇そういう県だからなのか、戦争中から戦後にかけて、ジャンルを超えた芸術家が結集して芸術活動をオープンに開いていった。今もその活動は「群馬県美術展」として継承されている。そのメンバーの一人に聖学院の平方邦行先生がいる。今回作品を展示しているというので、立ち寄った。
◇平方先生の作品は、「浮遊する森」という壮大な彫刻。コールテン鋼による抽象的な樹木が10点展示会場を埋め尽くしていた。本当はもっとスペースいっぱいに広がるのだろうが、169もの作家の作品群が、美術館の2階を占めていたので、そこまではいかなかったが・・・。
◇聖学院の一粒社ヴォーリーズ事務所による設計の校舎には、平方先生のセンスが及んでいるが、「浮遊する森」とシンクロするところもあるなと感じた。ただ、学校の方は思索の泉に代表されるように、清らかで純粋な子どもたちの成長の場が描かれているが、「浮遊する森」は、そこで育った卒業生がサバイブする心の洞窟のような印象も受けた。
◇教育というのは、目の前の子どもたちの未来について祈るような気持ちを抱きつつ「いま・ここで」を配慮しながら営まれることなのだ。それにしてもこの群馬県立現代美術館の仕掛けが丹下的というか谷口吉生的ではないかと思っていたら、磯崎新氏による設計ということだ。


◇コルビジェの晩年の茶室的な発想の壮大なもの・・・。シロウトの感じ方に過ぎないが。そして展示の奥に山種記念館にたどりついた。あの伝説の相場師山﨑種二もまた群馬県出身だったのである。

◇富士見中学は山﨑学園が経営するが、この山﨑学園こそ山﨑種二の学校だ。フランク・ロイド・ライトは日本の美術を愛し、コレクターで有名だが、同時にそれを資産として大いに活用したが、山﨑種二も同様だったときく。
◇私立学校の教育は、まさに「思索の泉」であり、同時につねに生死の問題に直面にする「浮遊する森」を歩まねばならないのかと。戦国時代に開花した茶室の本当の意味。そしてそこにたしかにいつもいる私学人の心の根の幻影を見たような気した。


